大山のぶ代は今後どうなる?砂川啓介死去で介護は誰がやる?施設行き?

この記事は3分で読めます

こんにちは。かっぱぺんぎんです。

 

7月の3連休明けとなる2017年7月18日。
悲しいニュースが報道されました。

2017年7月11日に、
ドラえもんの声などで有名な声優
大山のぶ代さんの夫、
砂川啓介さんが亡くなられました。

 

砂川さんは2013年に胃がんと診断され、
2016年には尿管がんになったと
公表しており、

大山さんとはおしどり夫婦であったことで
知られていました。

 

「妻を置いて先には死ねない」
とも語っていた砂川さんでしたが、
無念の旅立ちとなってしまいました。

砂川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

砂川さんが亡くなってしまった今、
認知症を患う大山さんの今後を
心配する声も上がっています。

大山さんは今後、
どのような生活を送ることになるのでしょうか。

スポンサードリンク

砂川さんが献身的な介護を行っていた

大山さんが2008年に脳梗塞を発症し、
その後認知症と診断されました。

3つ年下の夫・砂川さんが
大山さんの介護を行い、
自らもがんとの闘病生活をしていました。

 

愛する妻のためとはいえ、
70代での介護生活は非常に大変なものだったでしょう。

2015年に出版された砂川さんの著書、
「娘になった妻、のぶ代へ」
ではその介護生活について綴っています。

砂川さんは大山さんの事を深く愛していたからこそ、
介護を続けることが出来たのでしょうね。

 

しかし、砂川さんが尿管がんのため入院していた時、
マネージャーと共にお見舞いにやってきた
大山さんが彼のことを心配したのは
30秒ほどだったと言います。

認知症がさらに進行している大山さんを残して
先に旅立つことになってしまったのは、
さぞ無念だったことでしょう。

きっと今でも
天国から大山さんの事を
見守ってくれているのではないかなと思います。

スポンサードリンク

大山のぶ代の介護は誰がするの?施設行きになるの?

砂川さんの死去のニュースを聞いたとき、
彼の死に心を痛めた方は
たくさんいらっしゃると思います。

同時に、大山さんの今後を心配する声も
ネット上では多く上がっていました。

 

砂川さんが尿管がんを発症する前は、
自宅で介護を行っていたそうですが、
砂川さんの入院時に施設に預けたことがあったそうです。

一度施設に預けてから
大山さんがずっと施設にいたかどうかは分かりませんが、
砂川さんが亡くなってしまった今、
大山さんが施設生活を送ることになる可能性は
高いのではないかと思います。
年老いた人の介護と言えば、自分の子供や身内、
介護士が行うイメージがあります。

大山さんは砂川さんの子どもを妊娠しましたが、
第一子は死産、第二子は選定性の疾患のため生後3ヵ月で亡くしています。

そのため、大山さんの場合は身内に頼ることが
難しいと考えられます。

だからこそ残りの人生を
施設で過ごすことになると思われます。

 

大山さんが砂川さんの死を
理解することが出来たか分かりませんが、

もしも理解することが出来たのならば、
いつもそばにいてくれた夫がいなくなってしまったというのは
非常に悲しいことでしょう。

頼れる家族が何人いるかも分かりませんし、
もしかしたら砂川さんの死を理解できない方が
幸せという場合もあるのかもしれません。

 

大山さんはこれから
どのような生活を送るのでしょうか・・・

 

まとめ

砂川啓介さん、今までの介護生活および闘病生活
お疲れまでした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

大山さんの最後は砂川さん自身が看取るものだと
思っていたでしょうに、
自身が先に逝くことになるなんて
さぞ悔しかったことでしょう。
砂川さん亡き後の大山さんの生活が
とても心配で、気になりますね。

 

私は大山さんのドラえもんの声を聴いて
育ってきたので、
「ドラえもんの声の人が
こんな人生を送ることになるなんて・・・」
と、非常にショックです。

 

砂川さん・大山さん夫婦の人生から、
老老介護に関する世間の関心が
もっと増えるかもしれませんね。

どうか大山さんのこれからの人生が
穏やかなものであるよう願うばかりです。

スポンサードリンク



この記事を読んだ方にオススメの記事



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. 『うたのえほん』の初代たいそうのおにいさんだった砂川啓介さんが今まで生きていた事が分かるのは花田ゆういちろうさん(※)の就任以来、『音楽博士のうららかコンサート』(※)の収録当時でしたが、潘恵子さん(※)の出身地である東京都港区内の病院で亡くなってしまいました。学年ではまだ80歳でした。

    横山だいすけさんといとうまゆさん(※)時代には同じ東京都出身だった福田和禾子さん、上原りささん(※)時代からは越部信義さん(※)、中村秀利さん、小森昭宏さん等が亡くなっています。

    心よりご冥福をお祈りいたします。

    ※:砂川啓介さん等と同じ東京都出身の『おかあさんといっしょ』の第12代目うたのおにいさん。

    ※:2017年5月に東京都渋谷区のNHKホールで行われた『おかあさんといっしょ』のファミリーコンサート。

    ※:『スプーンひめのスイングキッチン』の主人公の声を演じた女性声優さん。

    ※:東京都生まれで秋田県出身の『ズーズーダンス』と『ゴッチャ!』を担当した第4代目たいそうのおねえさん。

    ※:2012年4月2日から現在『パント!』のコーナーを担当している第5代目たいそうのおねえさん。

    ※:吉岡治さん作詞でボーカルショップが歌った『元気に一、二』、阪田寛夫さん作詞の『地球をどんどん』、山本正之さん作詞の『パラランたいそう』等を作曲した1933年8月21日生まれの作曲家さんでしたが、2014年11月21日に脳梗塞と肺炎の合併症のため死去されました。ちょうど81歳でした。

  1. この記事へのトラックバックはありません。